信じ頼るコト
――こんな状況でも、オレは余裕の笑みを浮かべる。
全国高校野球甲子園大会をかけた地区大会の決勝戦、オレは今までに無いピンチを迎えていた。2対0とリードはしているものの……9回裏、ツーアウトランナー2・3塁。バッターは――
「4番。ファースト、佐藤君」
アナウンスに続いて左バッターボックスに入るそいつはオレに大声で
「お願いします!」
フン、何がお願いしますだ、中学野球じゃあるまいし。
高校1年の時から怪物投手と言われ、最高150キロを超えるストレートを武器に三振の山を築き上げていた。そんなオレにははっきり言って、地区大会なんか目じゃなかった。
嘲笑にも似た笑みを浮かべキャッチャーのサインを見る――その指はカーブを指示していた。
違う、オレはそんなボールで決勝まで上がってきたわけじゃない。初球からそんな逃げ腰になりやがって……。
オレはそのサインに首を振る。キャッチャーも分かっていたのか、それとも諦めたのか、ストレートのサインを出す。このストレートだけは、何よりも信頼の持てるボールだった――
自分の力の入れ具合によって、球速も、球威も、制球も、全て思い通りになる。正直、オレの後ろを『守っている』連中よりもずっとずっと信頼できる。
いつもと同じ、セットポジションから体を内側に捻り、その反動から生まれる力を指先に集中させる――指からボールが離れ、まるでキャッチャーミットに吸い込まれるかのように飛び出していく。
――だが、それはミットに収まる事は無く
キィン というかすかな金属音と共にボールはその軌道を変え、バックネットに直撃した。
ファウル。見る人によってはただのファウルだが、少し野球の分かる人であればこのファウルの意味はよく分かる。
「タイム!」
キャッチャーが審判にタイムを要求し、マウンドに駆け寄ってくる。
こんな時になんだって言うんだ、面倒くさい……。
「なんだよ?」
オレはいかにも鬱陶しい、といった態度で走ってきたそいつに対応する
「ここは敬遠しよう。塁が一つあいてるし、相手はタイミングが合ってる」
その言葉を聞いて内心、思い切り怒鳴り散らして追い返そうと思った。
しかしそれを抑え、それでも少しイラついた態度を見せて
「敬遠だと? ふざけるな。あと2ストライク取れば『夢の』甲子園なんだろ? 逃げてどうすんだよ」
「逃げるわけじゃないよ。右投手対左打者は打者有利っていうし」
「オレが今まで左打者に滅多打ちを食らった事があるか? 今更気にする事でもないだろう」
反論する。そいつは少し黙り込んだ後
「やっぱり、信じてくれない……」
マスク越しにその表情は分からないが、うつむき加減になっているのはわかった
「確かに君は、豪腕投手とか、怪物投手とか言われてるだけあって僕たちとは桁違いに凄い。凄いけど、少し位僕たちを信じて欲しいんだ……。いくら豪腕でも、怪物でも……9回まで投げてきているんだから、握力だってもう弱くなってるんじゃないかな」
図星だった。正直なところ、最終回になっても未だ146キロの速球が投げられるとは自分でも思っていなかった。
――しかしそれが、まだいけるという余裕にも繋がっていた。
「信じてやっても良いが、敬遠はしない。勝負だ」
その一言を聞くと、うつむき加減のままマウンドを降りてホームベースの方へ歩いていった。
「プレイ!」
審判の声と共に、バッターが構えた。オレは初球同様嘲笑にも似た笑みを浮かべながらサインを確認する――ストレート。この時だけは、あいつを信じてやる事にした。
さっきと同じ、身体全身に溜め込んだ力を一気に解放する。
そして、放たれたボールは――
「あっ……!」
思わず声が漏れる――失投。
乾いた金属音と共に、相手のベンチから割れんばかりの大喝采が起こった
もう、ボールの行方なんて……
「ドンマイドンマイ。仕方、無いよ」
チームの中で居場所を失い……いや、最初から居場所なんて無かったのかもしれない。
そんな、そんなオレにわざわざ声をかけに来てくれた――
「僕が、ピンチになるような配球をしたから……。僕のせい、だよ」
そいつの笑顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
おわり
あとがき
結構前になんとなーくで書いたのを、HDDの奥底から掘り出しましてね
といっても、つい3〜4ヶ月前・・・?位に書いたものなんですけど。
あるWEB小説の技術支援サイトに書かれていた事を参考にしつつ書いた作品です。
なんというかこう、堅苦しいというか・・・う〜ん・・・
あまりそういったものにとらわれず、ノビノビ書くというのも大事なんだなぁと、思ったり思ってなかったり。
でも、小説を書くにあたっての基礎的な部分については、勉強になりましたね