俺という命

我輩は猫である……なんて、偉そうな事を言える身分では無いが、俺は猫だ。
名前も一応ある。まぁ、名乗るほどでも無いだろう
もう、時間が無いからな……

俺は生まれてすぐに親から引き離され、ある家の一員となった。
――しかし、俺も考えが浅かったのか、家の中より、外での生活を好んでいた。
毎日朝に家を出て、夜、夕飯時に帰ってくる
今考えれば、まるで人間と同じような生活をしていたわけか……。
俺にいつも飯を用意してくれる人間(人間の世界では、家族と呼ぶらしい)は、そんな俺でも見捨てはしなかった。
それに引き換え、俺の本当の親ってやつは……。

外の世界は、猫であれ非常に厳しい。
縄張りを巡って、争いを起こす事もしょっちゅうだ
俺か? 俺は……あんまり強くは無かった。
やっぱり、生まれてからずっと外の世界で生きれる連中には、勝てっこないやなぁ……
よく怪我をして、家族に心配させたな
額の毛が肉と一緒にえぐれてた時なんかは、驚いた顔をしてた。
ま、猫の世界ではよくあることだ。俺は大して気にはしなかったんだけどな……
いきなり変な水みたいなのをかけられて、思いっきり傷口が痛んだときは流石に泣きそうになったぜ。
人間の世界では『消毒』という行為らしいが……アレは未だに理解できない。

そうそう、人間ってやつぁ、不思議なモノを持ってる。
例えばビニール袋とかいう、なんか面白そうな音の出るおもちゃだ
――だがそのおもちゃ、俺が楽しむというより家族が楽しんでた様な……
というのも、その面白そうな音をたてるおもちゃに、いっちょ飛び掛ってやったんだ。
するとどうだ、突然目の前がなにも見えなくなってよぉ……
俺は必死で走り回って取れないものかと頑張ったんだが
どうやらそれが家族にとっちゃ面白かったらしくて
ひとしきり笑われた後外してもらったが、俺は楽しかったというより疲れただけだったな……。

……さて、俺の昔話もこれくらいにしておこうか
もう時間が無い。そろそろ、行かなきゃいけない……
俺を生んですぐにいなくなった、親のところへ行って……
ありったけの愚痴を吐いてやるんだ。
なんで俺なんか生んじまったんだ。なんですぐにいなくなっちまったんだ。
あんたのせいで俺は弱くなっちまったんだ。あんたのせいで色々痛い思いをしたんだ。

……で、最後にこう言ってやるのさ

この世界に俺という命を生み出してくれて、ありがとう……ってな。



さーって、そろそろ行かないとまずい頃合いだな。
あばよ、人間。俺の家族……今まで本当に世話になった。
本当なら、ちゃんとお礼を言いたいところだが……時間がそれを許さねぇ
お迎えが来る前に、行かなきゃな――



母さん、今から行ってやるぜ。首を洗って待ってろよ……。



おわり



あとがき
猫というのは、死の間際に姿を消すという話を聞いた事があります。
どこか、誰にも気づかれない様な場所で、こっそりと最期を迎えるそうなんです
弱い部分を見られたくないのかもしれませんね。
……さて、このお話。元ネタは実際にあったものです
私の家で昔飼っていた猫のエピソードを元にしてみました。
実際はこんなこと考えていないのでしょうけど……。

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