君が

 「まずいな、すっかり遅くなった……」
仕事の帰り道、そう独り言をもらした。
今日はいつもより残業が長くなった。オフィス仕事も楽じゃないぜ
 あいつ、大丈夫か……
ふとそんな事を考えつつ、家路を急いだ。

 「ただいま。すまん、遅くなった……って、あれ?」
いつもいるはずの場所にいない。
トイレにでも行ってるのか……そう思い、リビングに入ると――
 「お、おにーちゃ……」
リビングのど真ん中で今にも死にそうな顔をしたコイツを発見
発見があと1時間遅れていたら、間違いなく死んでいただろう
 「だ、大丈夫かおい!」
慌てて抱き上げると、一言。
 「お腹、すいた……」

 * * *

ズルズルと、ラーメンをすする音が部屋に響く。
かなりの勢いだ
 「はぁ〜っ、もうちょっと遅かったら危なかったよ」
カップ麺を片手に、俺に話す。
 「お前なぁ……」
呆れた顔をする。もうこんな事は日常茶飯事だ
コイツは俺の妹。両親が事故で死んでからというもの、ずっと二人で生活してきた
といっても、ほとんど俺の稼ぎをアテにしているだけだが……
 「いい加減、自分の生命維持に関してもう少し危機感を持った方がいいぞ……」
 「えー、なんでよぉ?」
膨れっ面をしやがる。呆れ顔で対抗。
コイツは食事が一切自分で作れない。
料理恐怖症なのかと思わせるほど……いや、本当にそうかもしれない。
俺が帰ってきて、飯を作ってやるまで一切何も口にしないのだそうだ
カップ麺程度のものなら家においてあるのだが。
それでも、コイツは食べ物を口にしない。全く困ったものである
 「ハラ減ってるなら近くにコンビにもあるし、カップ麺だって置いてあるぞ?」
 「だーいじょうぶだって。おにーちゃん帰ってくればご飯作ってくれるもん」
全く緊張感が無いように見える。何も食べなくても生きていけるとでも思っているのだろうか……?
いや、以前から何度もさっきのような状態で発見しているから、それは無いはずだ。
掃除や洗濯は率先してやるくせに、何故か料理だけは一切手をつけない。
 「つーか、カップ麺くらい作れるだろ……。
  とにかく、俺だってそんなに毎日毎日早く帰ってこれるわけじゃないし、泊まりで仕事とかになったらどうすんだよ?」
あっという間に一杯食べ終えて容器を捨てに行くところに、溜息交じりで言ってみる。
すると、俺に背を向けたまま立ち止まり……
そして
 「おにーちゃんが帰ってこないなら……死んだほうが、いいもん……」
瞬間、俺はハッとした。

両親が事故で死んだとき――俺が学生だった頃の話。
俺は事故のあった当日、部活の合宿で家から遠く離れた場所にいた。
事故の知らせを受け、大急ぎで帰っても半日はかかる道のり
帰宅したときには、精根尽き果てたコイツが何をするでもなく、床に座り込んでいた。

 父さんと、母さんは……?

 即死……だったって……

虚ろな目で、こちらを向く事もなくそう答えた後――
まるで座らせた人形が倒れるように、床に崩れ落ちたのだった。

 「さてぇ〜……おにーちゃんも帰ってきたし、もう寝る」
部屋の奥へ消えていくその背中に、おやすみ、と一声かけた。

明日からは、少し早く帰ってこよう。

おわり

あとがき
 いつ書いたかわからない作品をまた発掘したので、上げてみました。
 書きかけだったようなので、即興で付け足したのですが・・・何というか尻切れな感じに;
 自分のことを待っている人がいるっていうのは、とても幸せなことなんじゃないかなって、そう思います。
 この世界に一人しかいない、自分という存在を待っている人がいる。
 なんだか、スケールが大きい話だなって、思っちゃいますね。

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