Intrige Schwert 3話

敵国ドゥミナス帝国はそれほど多くの兵力を投入してはいなかった
本来であれば簡単に崩せる「はず」の相手だ
 「らしくないわね・・・連中が頭を使ってくるなんて」
私達は防壁門の陰から戦況を見る
一言で言い表すとするならば、きっとこうなるであろう
 「酷い・・・これは・・・」
味方の兵は既に3割ほど削られているだろう
戦闘場所になっている防壁門付近の平原には数え切れないほどの兵士が倒れている
そのせいで平原は血の赤と鎧の銀に染まり、目を覆いたくなるような惨状だ
 「姉御、頭を使っている、と言いますと・・・?」
 「投石機の前に兵を守らせるようにして配置してるでしょ?
  普段はあんなことしないの・・・いつもバラバラ。だから普段は楽勝なんだけど・・・
  今回は状況が違うみたいね」
敵の兵たちに混じって巨大な一つ目の生物も見える
キュクロプスと呼ばれる、大神ゼウスに雷を与えたという伝説を持つ巨人だ
彼らの腕力は計り知れないほど強い。事実今しがた一人の兵士が数百メートル投げ飛ばされたところだ
 「こっち側の兵士も大した実力じゃないわね・・・あんな大きな敵相手に少数で行って倒せるわけないじゃない」
私はサッと城門を飛び出した
 「二人は侵攻してくる兵士をお願い! 私はキュクロプスを倒す!」
 「あっ、姉御!? さっき少数で倒せるわけないって言ったのはどこの誰ッスか・・・」
後ろのほうから何か声が聞こえたが、私は気にせず走った

キュクロプスは大体私の2倍くらいの背丈がある
私が大体165cmだから、相手は約3メートルくらい
その巨人は、また一人の兵士に掴みかかろうと手を伸ばしていた。
 このままじゃあの兵士が危ない・・・!
私はとっさに剣を抜き、兵士に向かって大声で叫んだ
 「右に大きく倒れて!」
突然の言葉にその兵士は驚きつつも私の指示に従い右側へ大きく飛び出した
もちろんキュクロプスはそちら側に手を、さらに目線も向ける
私はこれが狙いだった。
 「隙有り・・・!」
キュクロプスの向いた方向とは逆の、左側に素早く走り寄り足に一撃
敵は唸り声を上げて斬りつけられた方向を見るが、そこにはすでに誰もいない。
私は斬りかかった後この巨体の後方に回りこみ剣を逆手に持ち替えると、ジャンプ一番一気に背中の一点へ突き刺す
 「グガ・・・ア・・・!」
剣は敵を背中から貫通、その位置は正確に心臓を貫いていた。
断末魔のうめき声を上げ、倒れたキュクロプスから剣を引き抜くと、私は先程襲われていた兵士に駆け寄り
 「大丈夫ですか? キュクロプスに挑む勇敢さは流石スタングウェイの兵士です」
手を差し伸べる私。だがその兵士は唖然とした表情で微動だにしない
どうやら事の一部始終を見ていたらしく、笑顔の私に少し恐怖感を抱いているようだ
 「あ・・・えっと・・・そのぉ・・・」
どうしていいのか分からず、慌てる私を見てその兵士は何か恐ろしいものでも見たかのように
 「た、た、たたた助かった・・・」
そう一言言い残すと、全速力で門の方へ走っていってしまった
 「あうう・・・変な印象もたれちゃったかも・・・」
少し落ち込むが、此処は戦場。そんな事を考えている暇は当然無い
他の兵士達がやられる前にキュクロプスを倒さなくてはならない、と考えを改めた
私は急いで辺りを見回しながら巨体の居場所を探りつつ走り始めた

 * * *

そして、もう何匹のキュクロプスを倒したのか分からなくなってきた頃、敵は撤退を開始した
何とか防壁門突破を防ぐことが出来たのだ
 「はふーっ、一件落着・・・」
敵が撤退していった後、その場にぱたりと横になった
 疲れた・・・毎日稽古はしてるけど、それでも実戦は全然違う・・・
目を閉じ、風のそよぐ音を聞く。
心地よい風だ。ずっとこのまま横になっていたい程――
しかし、それもそう長くは続かないようだ。遠くから聞き覚えのある声と足音がしてきていた
 「姉御ぉー!」
 「クレアーッ!?」
二人が必死になって私のことを探していたことがよく分かる。
むくりと起き上がって足を伸ばして座った体勢になり、手を振ってみせる
すると向こうも私に気づいたようで、こちらに走り寄ってきた
 「姉御・・・探したんッスよ・・・」
心底疲れたという様子のレリク
 「ああ、ゴメンゴメン・・・。みんな平気? 怪我とかは無い?」
 「私は全然大丈夫だよ」
 「自分も何もありません・・・っ!」
私はレリクが少し顔をゆがめたのを見逃さなかった
 「嘘ついてもダメ。何処? 足? 腕?」
 「あ、あはは・・・やっぱり姉御には勝てないや・・・」
そう苦笑いしながら右腕の袖を捲り上げる。すると腕の肘から下が血で真っ赤に染まっていた
 「うわ・・・い、痛そ・・・う・・・」
リリィが恐怖心で目をつむってしまう位の光景だった
 「ま、まあ出血はしてますがもう痛みも殆どありませんから・・・」
 「もー、そういう問題じゃないでしょ? 相手は誰だか分からない人の血がついた武器を振り回してるんだから
  何かばい菌でも入ってたらどうするの? 消毒だけでもしなきゃ」
そう言いながらレリクの腕にある傷部分を口に含み、薬が無い時の代用になるという消毒方法を施す
何故かその瞬間レリクがかなり慌てたような口調になった
 「あっ・・・姉御・・・な、にを・・・」
一通り作業を終えてレリクの顔を見ると、何故か真っ赤になっていた
 「んっ、どしたの?」
 「え!? あ、い、いえいえいえ・・・なんでも・・・ないッス」
慌てて捲っていた袖を元に戻し
 「あ、ありがとう・・・ございます」
 「ううん、気にしないで」
別に私は何か特別な事をしたとは思っていなかった。むしろ当然の事をやったまでなのだから。
でも何故か彼は顔を真っ赤にして、口調もしどろもどろ
 うーん・・・何でだろう?
しかし私はまた考えを改め、おもむろに立ち上がった
 「さ、そろそろ帰ろ。レリクは傷の手当てもしなきゃいけないんだし・・・」
と、門の方へ振り返るとそこには一人の男性が立っていた
3人いて誰一人気づかなかったのだから、つい先程きたばかりなのであろう
体型にこれといった特徴は見当たらない。頬がこけていて、40歳前後といったところだろうか
背中に槍を担いでいる。鎧らしい鎧ではなく、動きやすいように最低限の部分だけをガードできるようになっている
 「君がクレア・シルフィード・・・だな?」
 「は、はい・・・?」
 「少し話がある。そこにいるお二人にもだ。城の応接間に来て欲しい」
それだけ言い残すと、その男性はそそくさとその場を去ってしまった
私はその立ち振る舞いに見覚えがあった
 「・・・誰ッスかね、あの人」
 「あの人はスタングウェイの軍隊のひとつ、遊撃隊の隊長だよ」
結ったままだった髪を解いて、手首のガードをはずす
 「とりあえず行ってみましょ。部隊長がわざわざ来たって事は何かあると思う・・・」
 「ああ・・・『余計なことをするな!』なんて怒られないといいッスね・・・」


第3話 完

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