Intrige Schwert 5話

翌日、私たちの正式な入隊手続きが終了し、晴れて遊撃隊の一員となった。

するとどうだろう、その日からというもの周囲の兵士たちの様子が激変した
 「あっ、ご、ゴメンなさい・・・時間が無いので・・・」
 「せ、せめて握手だけでも!」
そう、今まで私の顔を見るだけで怖がられていたのだが
このように、今度は握手攻めサイン攻め。人間これだけ変わるものかと思うほどだ。
苦笑しつつもその兵士と握手すると、大喜びで走り去ってしまった
 「うーん・・・なんなんだろう・・・」
少しの間その場で立ちつくしてしまったが、ハッと我に返り今すべき事を思い出した
 「そ、そうだ! 隊長に呼ばれてたんだ、急がないと」
ダッシュで隊長に呼ばれた場所、私がいつも使っている道場へと向かった。





――バタン!

道場の扉を思い切り開き、息を切らしながら中へ入る
 「ようやく来たな。いかんせん城の兵士達に時間をとられたんだろう?」
 「はぁ・・・はぁ・・・あ、当たり・・・です・・・」
まだ息の整わないままだがその場に座る。
隊長の横にはシルフと、もう一人違う男性が正座していた
その白と黒の羽織袴はこの辺りの国のものではない。もっと遠くの、東洋の服だろうか
黒い長髪で、腰の上辺りまで髪が伸びている
腰には2本細長い木でできた何かを差している
 「ええと・・・そちらの方は・・・?」
私は気になってその男性について聞こうとする
 「彼は君と戦いたいと、わざわざこの国を訪れたのだそうだ
  なんでも世界中の猛者と戦ってきた強者らしい」
 「天王寺 武道(てんのうじ ぶどう)と申す。クレア・シルフィードという剣の達人がいると聞きこの国へ参った。
  しかし、真に女子とは・・・噂には聴いていたが思いもしなかった・・・」
彼は私を見ながらそう言った
 「どうか、ひとつお手合わせ願いたい。」
 「は、はぁ・・・構いませんけど・・・」
何故私の名前がこんなに知れ渡っているのかが気になったが、今はこの東洋人の異様な威圧感に圧倒されるばかりだった
 「有難い。では・・・」
立ち上がり、腰に差してあった木製の何かに手をかけると、一気に引き抜いた
引き抜かれたのは綺麗な剣だった。木でできていたのは剣の鞘だったのだ
しかしそれは剣にしてはかなりの細さ、薄さだ。
あれが東洋独自の文化から生まれた剣――『刀』というものなのだろう
 「え? あ、あの・・・真剣でやるんですか?」
普通こういった戦いでは木刀を使うのが基本だ
 「む、そうか・・・なにぶん真剣での戦いが多かった故」
彼は道場の隅にあった木刀を手に取った
私も手近にあった木刀を一本手にし、各々戦闘体制にはいる
 「準備は、宜しいでござるか・・・?」
 「はい。いつでも」
 「いざ、参る・・・!」
彼は一気に私との間合いを詰めるように走り寄り、突きにも似た小さなモーションから縦斬り
それを刀同士をぶつけ振り上げるようにして受け流し、斜め下からもう一度剣を振り上げる
攻撃を受け流された武道は一瞬刀を突き出し前のめりになるが、すぐに体勢を立て直し――
はせず、瞬間刀を背負うような形に持ち替え迫ってくる剣を受け止める
そのままの体勢から一気に刀を前方に振る。勿論武道の前には誰もいないが
受け止められた私の剣を弾き返すには十分な力だった
刀を振った勢いを利用して1回転し、軸足に力の入らない少々無理な体勢からとは思えないほどの力で斬りかかる
――剣を弾かれた一瞬のスキを突かれる一撃――
だが、私はそれにも慌てることなく刀の根元部分を狙い剣を振り下ろす
武道も同じ剣の根元を狙って攻撃してきたらしい
剣と刀の根元部分に二人の攻撃が集中する――

カラン と木刀が床に落ちる

 「む・・・」
 「あ・・・」
二人の手に、それまで持っていた木刀は無かった

一瞬の沈黙

 「相打ち・・・か」
スレイの言葉と同時に、武道がその場に正座し頭を下げる
 「拙者の負けだ、恐れ入った」
 「え? え? だ、だって相打ちじゃ・・・」
いきなりの敗北宣言に困惑する私に、武道は頭を下げたまま言葉を続ける
 「今のはただ力任せに斬りにいったまで。しかしクレア殿は違う
  拙者の『力の抜ける点』を確実に突きにいった・・・。拙者のは偶然当たっただけにござる」
正直、私はそんな点がある事を知らなかった
ただただ体が勝手に剣の動きをコントロールしていただけ
それだけなのに、それだけなのに相打ちではあるものの私は彼の剣を落としたのだ
 私って一体・・・何者なの・・・
決して自分に酔っているわけではない。
記憶の残っているあの日から、私は剣術にかけては他の誰にも負けた事が無い
それだけに自分が怖かった。記憶の無い十年間、私は一体何処で何をしていたのだろうか――
昔から、何度も思い出せないものかと記憶をたどろうとした
だがそれも、あの父の葬儀より以前の記憶にさかのぼることはできなかった
一体何故――
 「・・・クレア殿? どうかされたか?」
その一言に私はハッと我に帰った
 「あっ!? いえ! な、なんでも・・・ッ!」
 「随分、思いつめた様な顔をしていたので・・・何事かと思ったでござる」
少し苦しい笑顔でなんとか誤魔化そうとするのであった

木刀を片付け、スレイとシルフの前に座る
武道も私の隣に座る――その直後、その場にいた3人があっと驚く事を口にしたのである
 「唐突ではござるが、スレイ殿・・・。見習としてでも構わぬ、共に戦わせてはいただけぬであろうか?」
共に戦うという事はつまり、遊撃隊に入れて欲しいということなのだろう
私は勿論の事、シルフもあっけにとられた顔をするが
 「・・・がっはっは! やったな隊長、どんどん隊の規模が大きくなる!」
 「そうだな。今までの様に他の隊から徴収する必要もなくなるかも知れんな」
 「・・・と、いうと?」
 「勿論、歓迎させて頂く。見習とは言わず、正式な隊の一員として」
武道からも安堵の表情が見られる。
私も少し嬉しかった。あれだけ力を持った人なら隊も更に強くなる
個人的にも技量はほぼ互角という事で、お互い力を高めあえるだろうと思ったからだ
 それに、この人なら・・・って、ダメダメ! 私情は禁物!
この先背中を守ってもらうかもしれない人に、変な気持ちは持ってはダメだと考えを改めた

 * * *

 「ただいま〜」
あの後武道はスレイたちと共に部隊への正式な入隊手続きのため城へ行ってしまった
特に何も用事の無い私は自宅に戻る事にしたのだ
 「・・・あれ? リリィ?」
いつも私の帰りを笑顔で迎えてくれるはずのリリィの姿が何処にも無かった
もう日も暮れかけて、いつもなら夕食の支度をしているはず
 おかしい・・・この時間にいないはずが無い・・・
台所を見るがリリィの姿は無い
それどころか、本来日も暮れかけたこの時間、夕食の支度はおろか食材一つ置かれていない
 おかしい・・・絶対おかしい・・・!
私は家を飛び出した


5話完

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