Intrige Schwert 6話

 「ええっ!? リリィ姉さんがいなくなった!?」
 「やっぱり、こっちにはきてないか・・・」
私はリリィの行きそうな場所を手当たり次第に探していた
マリアの家、道場、城の酒場と探したが手がかりすらつかめない。
そして今、レリクの家に来たのだが――
 「姉さんは今日一度も見てないッス。姉御の家にいるとばかり」
 「私もそう思ったんだけど、家中何処を探してもいなくて・・・」
 「とにかく・・・はやいとこ見つけないとまずいッス
  最近夜一人で出歩いてる人を狙った追い剥ぎが多いらしくて、もし姉さんが一人だったとし・・・」
その言葉を最後まで聞く前に「ありがとっ」と言い残し飛び出した
 私のせいだ・・・出かける前、リリィに一言言っておけば・・・。
 リリィは私以外にはマリアさんくらいしか親しい人がいない――
 となると必然的に一人で何処かにいる事になる・・・あの子が危ない!
熱くなっても仕方ない。冷静になって考えを巡らせる
 多分、家の様子からしてもう随分な時間歩き回っているはず
 でもあの子の体力じゃそう遠くへはいけないと思う。
 恐らく、私を探しにいったまま何処かで半ベソかいてる・・・
 だとしたら、その場所はひとつ
視線の先には、街から少し離れた小高い丘があった

私は足に渾身の力を込めて走った
離れた場所といっても、歩いて10分とかからない
ものの数分でその場所にたどり着いた。
この丘はかつて、私とリリィが初めて出会った場所
その時も、彼女は半ベソかきながらすすり泣いていた。
 いた! あそこだ!
岩に背をつけ座り込むリリィを遂に見つけた。
しかし、そこには『招かれざる客』も一緒であった
 「こんなところまで逃げてきちゃってお嬢ちゃん・・・いい加減、大人しくしろよ」
先程レリクの話にあった追い剥ぎとはこの男の事だろう
リリィはもう疲れ果て動けないのか、カタカタと身を震わせ恐怖に耐えるばかりだった
 「何してるの!?」
それを見た途端、男の後ろから声を上げた
驚いた男は小さく舌打ちし、その場から走り去っていってしまった。
 「リリィ!」
彼女に駆け寄る。服が多少乱れてはいるが目に付く外傷は無いようだ
 「ク・・・レア・・・うわああぁぁぁ」
私を見るやいなや、いきなりしがみついて大声で泣き出してしまった。
昔から喜怒哀楽の表現が激しい子で、よく笑い、よく怒り、よく泣くのだが
それでもこんなに大声で泣くところを見たのは久しぶりだった。
丁度、あの『空白の1年』以来だろうか――
 「ゴメン、怖かったよね・・・」
そう言って抱き返し、泣き崩れる彼女の頭をなでてやる他できる事は無かった
 「なんで、なんで急にいなくなっちゃったの? もう、前みたいにはなりたくないよ!
  一人ぼっちで、寂しくて、怖くて・・・ずっと探してたのに・・・」
何度も嗚咽しながらそう話すと、再び大声で泣き出した。

『前みたいにはなりたくない』

その言葉の意味を、私は痛いほどよく分かっていた
何度か話に出てきた『あの事件』の事だ。
リリィがある程度落ち着くまでのあいだに、それについてお話する事にしよう――

――その事件は3年前にさかのぼる。私がまだ自分の剣術に気がついていない頃

ドゥミナスの奇襲で、一度街が崩壊寸前にまで陥った事があった
防壁が破られ、敵軍が街に侵入。当時まだ幼かったリリィは敵軍が攻撃してくる中私と共に逃げ惑っていた。
あの時の私もまだ子供(今もそうかもしれないが)。突然の事に困惑し、平常心は保てていたが焦っていたのも事実だった
その焦りから少し引っ張りすぎたのだろうか、彼女が途中で転んでしまったのだ。
それが、悲劇の始まりだった――
敵軍は投石機による範囲攻撃を行なっていたのだろう、至るところに大きな石が落ちていく
私がその場でとっさに考えた中でも最悪の事態が、的中してしまったのだ。
投石機が放ったであろう一つの石が、リリィめがけて飛んできたのである

――私は、意を決し彼女の前に手を大きく広げ立ちふさがった――

背中に、頭に、今まで受けた事の無い激しい衝撃が襲った

状況が飲み込めず、唖然とする彼女の姿が見え・・・私の目から光の感覚が失われた――

後日談だが、その後すぐに味方の兵士が通りかかったそうで、私はそのまますぐに病院へ運ばれたのだそうだ
死んでもおかしくない、残念だが諦めた方がいいだろう・・・。医師にはそう言われたという。
しかし彼女は決して諦めなかった。毎日――むしろ病院に泊り込んで私が目覚めるのを待ち続けたらしい
何日、何週間、何ヶ月・・・時々うなされていたという私を、看病し続けてくれたのだ。

そして1年が経ったある日の夕方、私の目に光が戻った――
私でさえもずいぶん長い間意識が無かったと、そう目が覚めた瞬間自覚する事ができたほど・・・それくらい長い間だった。
その日、痩せ細った彼女が一晩中泣き続けたのは私もまだ鮮明に覚えている――

――話をしているうちに、リリィの泣き声も少し落ち着いてきた。まだ話せるような状況ではなさそうだが。
それとは反対に、私の心には後悔の念ばかりがつのっていた
 この子の事、何も分かってなかったんだ、私は・・・
 本当は一人ぼっちで、寂しくて仕方なかったんだ
 それなのに私は、全然気づいてあげられなかった
 こんなにたくさんの傷をこの子につけてしまったのは、全部私のせいだ・・・
後悔の念はいつしか、溢れ出す涙に変わっていた
 「本当に、ゴメン・・・私のせいで、私のせいで・・・」
いつの間にか、彼女の華奢な体を力いっぱい抱きしめ、声を殺し涙を流す私があった
それでも漏れる私の声で、彼女も私の様子に気づいたらしい
 「クレア・・・泣いてるの・・・?」
私は、強く抱きしめた彼女の肩に涙を流し続けた――

 * * *

すっと目が覚め、自分の視界が開ける。いい朝だ
昨日はあの後探しにきたマリアが私たちを見つけ、家まで送ってくれたのだ
ちなみにあの時リリィに詰め寄っていた男はやはり最近頻発していた追い剥ぎの犯人だったそうで
レリクとシルフが丘から逃げてきた男を捕まえたらしい。
 リリィも無事だし、追い剥ぎ犯も捕まったし・・・良かった良かった
そう自分に言い聞かせ、ベッドから這い出した瞬間、私の背中に『何か』がのしかかってきた。
 「おっはよーっ!」
 「うわっ!? リリィ・・・もぉ、びっくりしたじゃない」
突然の事に驚き慌てた心をなでおろす
 「にへへー」
私の肩の上にリリィの笑顔があった
無邪気で可愛い、いつものご機嫌で楽しそうな顔。

この笑顔をなんとしても守り抜くんだと、改めて自分の心に誓ったのだった。


6話完

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