Intrige Schwert 8話

一体どれくらいの間かは分からない
ただ、真っ暗な闇が私を包み込んでいるだけだ。
目の前に映るものは何もない。後ろを振り向いても、上を、下を見ても同じ事
しかしこの不思議な感覚は、やがてじんわりとした頭部の違和感に変わっていた――

 「ん、うう・・・?」
私の目に光が戻ってくる。2〜3度まばたきして状況を確認するべく周囲を見渡す
 「・・・あ、あれっ?」
 「ようやくお目覚めか。『味方』の軍は皆撤退したぞ」
どうやら状況はとてつもなく悪いようだ。
私の両手両足は壁から突き出した鉄製の杭の様なものに固く縛り付けられ身動きが取れない
拷問などで使われるような部屋なのだろう。
そしてそんな私の目の前に『兄』と名乗るさっきの男性が立っているのだ
自軍も全員撤退してしまったようだ。
 「さて・・・父と母は今どうしてるんだ?」
 「二人とも死にました」
 「何故?」
 「母は病気。父は・・・私の記憶にないんです」
どうせ言っても言わなくても同じだろうと、事実をありのままに話すことにした。
もし安易に黙秘したり拒否したら何をされるか分からない
それでなくとも今は圧倒的不利な状況。無駄な体力は使わないようにしたいからだ
 「記憶にない? どういう意味だ」
 「先程話したとおりです。私には記憶が無いんです。父のことも、あなたのことも、この国のことも全て
  だから私にとってあなたは『敵』であり、それ以上でも、以下でもないんです」
 「そんな子供騙しの嘘をつく理由が何処にある? 知らないはずが無いんだ」
 「だから、本当に分からないんです! 記憶があればそっくりそのままお話しますよぅ・・・」
両親の話には触れて欲しくなかった
随分幼かった頃に二人とも亡くなって、身寄りが無かった私は
リリィと出会うまでの3年間一人暮らしを余儀なくされてしまったのだ。
その孤独さといったら他に無かった。
悲壮感に苛まれたそれを思い出してしまい、目にうっすらと涙が浮かんだ
 「・・・泣き落としが通用するとでも思うか? 実の兄に」
 「そんな、つもり、じゃ・・・う、ううぅ・・・」
私の両親に対する記憶は悲しいことしかない。
そんな言いたくもない事を嘘だと食って掛られているのだ、泣かせてくれても良いではないか
 「まぁ、その嘘もいつまで続くかな・・・」
 「本当のこと・・・ですってば・・・」
嗚咽しそうになりながら話す私にとうとう堪忍袋の緒が切れた、というような雰囲気で私に詰め寄る
 「つまりお前はこの俺の事を何一つ覚えていないというのか!?
  何度も何度もお前の危機を救った俺の事を! 兄の事を覚えていないというのか!?
  もういい、ドゥミナスに帰ってきてくれとは言わん! せめてその嘘だけはやめてくれ!」
整った顔立ちの『兄』と名乗る男性――
グランは、私ともう十数センチも離れていないほどに顔を近づけてくる
思わず顔を逸らす。

少しの間があった後

 「・・・そうか、あくまでその態度を押し通すつもりか」
突然今まで猛り狂っていたグランが冷静さを取り戻した
・・・といっても、依然私の事を疑ってはいるのだが。
 「それなら、仕方あるまい」
後ろを向き、部屋の出口に向かって数歩歩き出した
――様に見えた、その瞬間こちらへ振り向きざまに何かを投げつけてきた
 「ひっ・・・!?」
トスッ、という音が聞こえたかと思うと、私の顔スレスレにダーツの矢が刺さっていた
 「そうやって怯えている時の顔も、昔と何ら変わりないんだがな・・・」
そう言ってまた1本ダーツを投げつける。またもや私の顔スレスレだ
私はもう言葉すら出せるような状態ではない
恐怖感からもう頭は真っ白。何も思考が働かない。
 「これでもまだ、嘘をつき通すと言うのか?」
 「だから、嘘なんかじゃないって・・・」
グランが少し眉をしかめ、明らかに苛ついている様子だと分かる
そして、そんな中また1本ダーツを私に向かって投げつけた

今度は、私の顔スレスレではなかった

 「うわあああああっ!?」
刺さったのは私の肩の辺り。だがそれにしては異常すぎる私の叫び声
何処からそんな声が出るのかという程の絶叫だったに違いない
 「ああああ・・・!」
ダーツが刺さった瞬間、私の肩――いや、体全体に尋常ではない痛みを感じたのだ
それはそう、今まで受けたことのある中で一番の痛みが100だとしよう
今の痛みは1000・・・でもまだぬるい。1万、10万・・・もっとかもしれない。
ひとつ言える事は、とにかく今までとは全く比べ物にならない痛みが私を襲ったのだ
よくショック死しなかったものだ――と考えてしまった位だ
 「『激痛のツボ』とは聞いた事があるかな? 身体に数ヶ所あるそのツボのひとつさ、今のは」
まるで身体の神経をえぐり出されて直接針で突付かれてでもいるかのような、とにかく激しすぎる痛み
声を出すことはおろか、息をした時のかすかな動きでも激痛が全身を走る
 「さて・・・これでもか? もっと痛みの強いツボもあるんだぞ?
  今なら嘘をつき続けた事を許してもいい、ドゥミナスに戻ってくるんだ。この国もきっと歓迎してくれるだろう」
 「だ、から・・・本当に、記憶が・・・無くて・・・
  それに、仮に私が・・・あなたの妹、だとして・・・その、妹に・・・こんな仕打ちをして・・・良いんで・・・すか・・・?」
激痛でろれつのまわらない口から声を絞り出す
 「何故・・・何故そこまでして・・・! 俺には分からん、分からん!」
無常にも、また1本ダーツの矢が身動きひとつ取れない私に向かって放たれた
矢が刺さる――ひざの辺りだろうか
 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
人間、絶叫を通り越すと声すら出ないらしい
さっきよりも、更に激しい痛みが私を襲ったのだ
むき出しにされた神経をのこぎりの様なギザギザした刃ですり潰される様な――
とにかく今までもこれからも経験することはないだろう程の激痛
もしこの痛みを最初に受けていたとしたら、間違いなくショック死しただろう
少々語弊があるかもしれないが、最初に受けた痛みのおかげで痛みに対する耐性のようなものができたのかもしれない
 「明日、改めて聞きにくるとしよう・・・」
それだけ言い放つと、グランは部屋から出て行ってしまった
 ま、まさか・・・この状態で明日まで耐えろっていうの・・・!?
肩とひざには矢が刺さったまま。そして尚も異常なほどの激痛は止まないのだ
 無理だよ・・・体力が、続かない・・・
今まで経験したことのない衝撃をうけ、それだけでもう体力的には限界
それが翌日になるまで続くということは、もう行き着くところはひとつ
 し、死んじゃうよ・・・誰か、誰か助けて・・・!
こういう時こそ、気を失ってしまった方が楽になれるのかもしれない
だが、そんな兆候は一切無かった。痛みのせいで気を失えないのだろうか・・・
目が霞んでくる。このまま、こんな場所で死んでしまうのか――



諦めかけた私の目の前にふと、ひとつの影が天井から舞い降りてきた

 「すまぬ、見つけるのに時間がかかってしまった・・・!」
 ぶ、武道・・・?
霞む目で何とか捉えたその人影は、紛れも無い武道の姿
すばやく私に刺さっている矢を抜き取る――
 「っく・・・ぅ・・・」
刺された時ほどではないものの、それでも相当な痛みが私を襲う
歯を食いしばり、必死で耐えた――
2本とも抜き取られた後、拘束されている腕と足を解放する
 「っ・・・あ、あり・・・がと・・・」
そう言うのが限界。私は武道の胸に崩れ落ちるようにして倒れこみ、そのまま意識を失った


8話完

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