PHANTASY OF POEMS 29話

ボキリ、という鈍い音。
カラン、という金属音。
大きな長剣を振るう、鈍くも鋭い音とともに
地を蹴る音があたりに転がる。

 「くぅ・・・っ」
周囲を水に囲まれた、孤島のような場所
小さくうなり声を上げたアルの手から、また一本スピアが堕ちた。
これでもう3本目。スピアが真っ二つに折れてしまったのだ。
相対する大男・・・レヴィンの力はアルの想像以上だった。
4本目のスピアを手にする
 「まだ同じことを続けたいのか?」
今までと同じ、まるでリプレイを見ているかのように、レヴィンの剣がアルに襲いかかる
――案の定、一撃を受け止めたスピアは真っ二つに折れてしまう。
 「そろそろ、武器がなくなるんじゃないか?」
しかし、アルは懲りずにまたスピアを取り出す――これで5本目。
流石にレヴィンの方も呆れたのか、何も言わず長剣を振り上げる

剣と槍が交錯するまでは、今までと一切何も変わらない――
だが次の一瞬から、狂ったように同じことを延々繰り返す、緊張のループが解消された。
 「ッ・・・はあっ!」
レヴィンの振り下ろした一撃を、槍で受け止めつつ半歩ステップして上手く受け流す
勿論、半歩ずれたことによって力のバランスが保てなくなる――勢いあまった長剣は地面に突き刺さる
一方の槍はアルを軸にして一回転し、レヴィンめがけて振るわれる
振り下ろされた長剣の力も借りた一撃――威力はアル本人の力だけではない。

――ザクリ、とわずかに鈍い音

大男の右腕が赤く染まる。

新手のカウンター攻撃が決まった。
恐らくこちらも長剣だったなら一刀両断だっただろう
しかし、槍の側面はさほど鋭利ではない。右腕に大きな切れ込みを入れるので精一杯だった。
 「ふむ・・・」
わずかに顔をしかめるが、レヴィンは相変わらずの無表情。
確実に大ダメージを与えたはず・・・痛覚に対して無感覚なのかと思わせるほど。
思わず驚いてあっけにとられたアルだが、レヴィンはその隙を見逃さない
一瞬無防備になったところを狙って、鋭い左ストレート――
もろに食らったアルは5メートルほど吹き飛ばされた。
腹部を押さえ、数回咳払いし、レヴィンを睨みながら立ち上がろうとする



――瞬間、腹部の痛みが消え去るほどに、胸を締め付けるような痛みが襲う
 「う・・・っ!?」
そこから先は声すら出ないほど。思わずレヴィンから視線を切り、またうずくまってしまう。
一方のレヴィンも、胸付近へは攻撃をしていなかったので、流石に不思議がる。
 「ま・・・さか・・・」
立ち上がることはおろか、一歩たりとも動けないアルの脳裏に、つい数時間前の言葉が思い起こされていた。


 ――近いうちに、発作が起こるかもしれない――

ニューデイズの医療施設で、担当の医師に言われた言葉だった。
 ――その身体(半人半獣)でガーディアンズなんて仕事をしてれば、いつ起きてもおかしくないね。
  まして機動警護部なんて、一番身体的負担の多い部署じゃないか――

 「だからって・・・こんな、時に・・・ッ」
今まさに、敵と正対している真っ最中に発作が起こるとは予想だにしていなかった。
なんとかして、レヴィンに視線を合わせなくては・・・戦場で敵から目を逸らす事は、即ち死を意味する。
 「っく・・・どこだ・・・」
おさまる気配のない痛みを必死にこらえ、目標を見定めんとすべく顔を上げる――

しかし、それ以上視線を上げる必要はなかった。

既にアルの目の前に立っていたレヴィンが、止めの一撃といわんばかりに大きく長剣を振りかぶっていたのだ。
条件反射的に身を翻し、その一撃から逃れる
振り下ろされた長剣は、アルには当たらず、地面を深くえぐっただけに終わった。
もしあと一歩遅れていたら、確実に真っ二つだっただろう。
 「もう諦めろ。万が一ここで俺を倒したとしても、お前の命はもう後僅かしかない」
永遠の闇へと誘う悪魔の囁き
 「最後くらい、苦しまずに死なせてやると言っているんだ」
その声は、何かの呪文を唱えられているかのように、何度も何度も頭の中で共鳴している
 「すぐ、楽にしてやろう」
レヴィンの囁きに、アルは弱々しく、だがはっきりと、首を横に振った。
 「いやだ・・・私は、私は・・・」
今まで彼女を苦しめ続けてきた、胸の痛み、敵への憎悪、悲しき過去――
すべての感情を、もはや自らの力では制御しきれなくなっていた
手近に落ちていた折れたスピアの先を手に取ると同時に・・・
むしろ、掴んだと見えたらそのコンマ1秒後には、スピアはレヴィンめがけて投げ放たれていた。
 「む・・・っ」
すぐさまガード体勢をとろうとするレヴィンだったが、投げられたスピアの速度を考えると、それは到底不可能であった
 「ぐぅ・・・貴様・・・」
レヴィンの腹部に、深々とスピアが刺さっている。
その痛みに流石のレヴィンも一瞬よろめく

――今のアルには、その程度の隙で十分であった

 「どりゃあああああっ!」
胸の痛みなどとうの昔に忘れ去ってしまった。
覚えているのは、この男に対する限りなき憎悪の念ただひとつ。
父を殺し、母を殺し、自分を殺した、この男を。

手にしたアックスを、力の限り振りかぶった。

























アルには、できなかった。



たとえ満身創痍だったとしても、極限状態だったとしても



人を殺してしまうことは、できなかった。



 「何故だ・・・」
レヴィンの10センチ手前に、アックスが突き刺さっている。
その先には、下を向いたまま、荒い息をするアルの姿があった。
 「私、気づいたんだ・・・生命を奪うことの無意味さ、無情さに。
  あの事件から今日まで、私はあなたに復讐することを目的にここまで生きてきた。
  でも、私にはできなかった。
  それは、人が死ぬということが、怖くて仕方なかったから。
  あの事件のとき・・・ほんのちょっと前まで、優しく笑いかけてくれてたお父さんが、お母さんが
  ピクリとも動かなくなったのを見て、それがホントに怖くて、ただ呆然と、その光景を眺める事しかできなかった。
  今、不意にそれを思い出して・・・。
  もう、今更、遅いのに・・・」
急に力を失ったアルがその場に座り込んだ
 「徐々に体力が衰えてたのは、もうずっと前から気づいてた。
  私に時間が殆ど残っていないことも。」
既に立ち上がる体力すら残されていなかった。
 「もう・・・好きにして、いいよ。覚悟は、できてるつもり。
  向こうにいったら、お父さんにいっぱい泣きついて、お母さんにいっぱい甘えるんだ・・・」
そこまで言った瞬間、忘れられていた胸の痛みが一気にアルを襲い、遂に耐え切れず気を失った。



――同時にそれは、止めを刺す絶好のチャンスとなった。
馬鹿な女だ。そう心の中で罵りつつ、アルの前に膝をついた。
この首を切り落としてしまえば、長い戦いに幕を下ろせる。

腹部に刺さったスピアを無理矢理引き抜き、首元めがけて――

振り上げた瞬間、レヴィンの手の動きが止まった。
止まった、のではない、止められたのだ。
背後にいたのは、自分の胸あたりまでしか背丈のないだろう、人影。
 「アルが何を言ったかはわからない。だが、私は絶対に許さない。やらせない」
威圧のこもった、その声。

その人影は、本来ここにいるはずのない姿だった。



29話完

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