PHANTASY OF POEMS 33話

目標人物にたどり着くまで、約15秒。
予測より3秒遅れた――
うつ伏せだから、詳細な意識レベルは不明。
即座に確認を行うが、あまり期待はできないだろう――

 「大丈夫か、私の声が聞こえるか!」
ナティルが身体を揺すりながら、声を張り上げる。
赤紫の長い髪、尖った耳、細い身体
その全てを、ナティルは覚えていた。どんなに遠くからでも、この姿を見つけ出せる自信があった。
例え偽りだったとしても、彼女の中では、唯一無二の存在だから。
 「ん・・・く・・・」
うつ伏せのまま、かすかに頭が動いた。ゆっくり、ナティルに目線を動かしていく。
後頭部しか見えなかったものが、耳がはっきり見え、横顔が明らかになり、その目がこちらを確認したことが分かる。
 「お、お前、は・・・」
その顔はひどく動揺していた。
身体をねじろうとするが、それはおろかピクリともせず、一切の指示を聞いてはくれなかった。
 「キミを、助けにきた――フレイン」

 「何故、だ」
ナティルは、何も答えない。
フレインの肩を担ぎ、抱きかかえるようにして並んで歩く。
背負ってしまうことも考えたが、自分より背の高い人間に、それは難しいと判断したのだ。
 「・・・私は、裏切った・・・だぞ・・・」
傷だらけの体を引きずって、何とか前へ進む。
力なく垂れ下がった右腕からは、鮮血が滴る。
 「今ここで、殺すことも・・・できるかも、しれないんだぞ・・・?」
ナティルは、フレインに目を合わせることなく
ただ、どこか物憂げな顔で、静かに口を開いた。
 「キミに殺されるなら、本望だ」
今度はフレインの方が訝しげな顔をして、ナティルを見た。
それでも、ナティルは目を合わせず
 「私は、キミに隠し事をしていたんだ。それこそ、本当はスパイだった、というよりも・・・。もう、気づいているだろう?」
何も答えない。
何も答えられない。
"違い"に気づいてしまったから。
 「確かに、キミは『親友』ではなく『敵』だった。でも、『親友』として過ごした時間に、"偽り"は無かった。
  私には・・・その時間ですら"偽物"だった。私の生きた時間に比例して、私の嘘は増え続けたんだ」
いつしか、フレインから敵対心は消え失せていた。
あるのは、『親友』への心からの気遣いだった。
 「いつから、嘘を・・・?」
 「力のあるローグスにいたキミなら、噂程度で聞いたことはあるだろう・・・"殺し屋"一家の存在を」
ハッとした。
アルテイルが時々口にしている名があった。条件次第でどんな困難な依頼も確実に成功させる"殺し屋"の存在。
ひとたび標的になってしまったら、1週間後にはまるで神隠しにあったように姿を消してしまう――そんな噂。
 「今では家を飛び出して、ガーディアンにおさまった。キミと出会ったのは、その辺りだったか?」
 「私がスパイだった、ことも・・・感付いて、いたんでしょ・・・?」
 「何故、その時に始末しなかったか、といいたいのか?」
ここで、ナティルはフレインの方を向いた。
 「・・・キミは、残酷なんだな」
その顔は、憂いと哀しみに満ちていた
 「まだ、『親友』でいて欲しかった。偽りと分かっていても、裏切られると分かっていても」
でも、笑っていた。
 「キミに手をかけることは、できなかった」
潤んだその瞳からは、それでも涙は落ちなかった。
精一杯の、力強い笑みで誤魔化していた。

フライヤーまで、残り十数メートル。
時間は、1分45秒。あと――15秒
 「――!」
ナティルが、急に殺気立つ。
二人を取り囲むように、にわかに気配が増していく。
 「おかしいとは思ったが、こんなタイミングの悪い・・・!」
赤い塊が迫ってきている。息を潜めていた"花"の使い魔が、牙をむき始めたのだ。
フレインを隣に座らせ、ライフルを2丁取り出す
 「私のことは、いい・・・フライヤーに手をつけられる前に・・・逃げろ・・・」
力の無い声だったが、ナティルには十分だった。
 「押し付けがましい友情かもしれない。でも、そうだとしても・・・」
ナティルは背を向けたまま、ハッキリと告げた
 「私は、キミを助けたい」
今一度、ナティルは恐れられた力を開放する――
両手のライフルを、時間差で同じ標的に撃つ
その銃弾は、正確無比にエネミーの同じ場所に着弾し、炸裂する。
一瞬怯んだところを確認して、すぐさまフレインを背負って、走り出す――
 「しっかり、つかまって――ッ!?」
突然、足元の地面がえぐれる。
敵は、ひとつではなかった。
先程とは別の方向から、同じエネミーが近づいていた
地面から飛び出した触手がナティルの足に絡まり、動きを止める
 「まさか――」
直後、触手を一筋の光が貫いた。
フライヤーの方向から――ナティルの目に映ったのは、フライヤーから降りてくる大柄なキャストの姿。
 「急げ! 足止めにも限界がある!」
さっきよりも力を込め、地を蹴った。
走った。
ここで力尽きても構わない。
だからせめて、10メートル先のフライヤーに乗るまで――

本当は、あの場で殺されると思っていた。
覚悟していたから、2分で戻らなければ先に行け。そう伝えた。
でも、私は生きている。
きっと、神様は私に、一人くらい命を救ってから地獄へ堕ちろ・・・そう言いたいのだろう――
フライヤーの前にたどり着いた。
地面と扉の段差を越えれば、救出作戦は成功――
扉に手をかけようとした瞬間、奥からひとつの手が差し伸べられた。
 「はや、く・・・」
憔悴したアルが、手を出していた。
その手に引っ張りあげられるように、二人はフライヤーの中へ転がり込んだ。

 「ハア・・・ハア・・・」
ただ二人を引き上げただけなのに、アルは息が上がっていた。
理由は、悟っていた。
ナティルが無事なだけで、アルは十分だった――
――ナティルの意識は途絶えていた
アルから血の気が引いていくのが、周りから見ていても分かるくらい、明白だった。
 「大丈夫。寝てるだけだ」
いつの間にか、ゾンが目の前に立っていた。
扉も閉まっており、外にいたレイスも戻ってきている。
 「行方不明になってからの1ヶ月間、ろくに寝もしないでコイツを作ってたんだとよ。
  まったく、見上げた根性だぜ」
下を指差すゾンに、アルは首をかしげた
 「コイツ・・・って、もしかして」
ゾンの下にあるのは、床――フライヤーだけ。
当人は気を失ったフレインの隣で、目は閉じているが――確かに、寝ているだけのようだった。

その顔は――とても、満足げに見えた。



33話完

32話へ  戻る  34話へ